イタリアは田舎くさいとけなしたいわけではありません。
喧嘩を売りたいわけでもありません。
最初に断っておきますが、私はイタリアという国が好きですし、イタリアの人々も大好きです。
そもそも私自身群馬県の田舎に住んでいるため、正真正銘の田舎者です。
ただ私の中で、イタリアを他の西ヨーロッパ諸国と比較したとき、少し田舎っぽい印象があるように感じます。
あかむけていない、洗練されていないなどです。
フランス、イギリス、ドイツなどの国に対しては個人的には抱かない印象です。
多くの人々が想像するイタリアというと、ファッション・イタリア料理・芸術など「おしゃれな国」というイメージがあると思います。
私自身イタリアに留学中、ミラノのような近代的な街や、ローマのような古代の遺跡が町の中に残る街も訪れました。
その他アッシジやオートラントと言った小さな街にも行きました。街が自然に囲まれており、日本でいうところの田舎にあるようなところでしたが、それぞれの街が、昔の建物を今もいかした、「おしゃれ」とは違いますが個性溢れる素敵なところばかりでした。
ただ全てのイタリアの街を訪れたわけではないので、実際に訪れた時に「田舎だな」と思う場所はあると思います。
ただ繰り返しになりますがイギリス、ドイツ、フランスに対しては田舎臭さというイメージは全くないです。
フランスでもパリのように田舎っぽさとは無縁の都市があるし、その逆もしかりかと思います。
日本は「サムライ・ハラキリ・ゲイシャ」の国というステレオタイプが作られていたように、私が感じたイタリアの田舎臭さももしかするとどこかでイメージとして作られているのかもしれません。
それはちょうどイタリア人が陽気であるというステレオタイプが確立されているようにです。
私の感覚は合っているのか、そしてもし合っていたならどこでそこ「イタリア=田舎」のイメージが形成されたのかイタリアの歴史を少しみながら進めていきたいと思います。
みなさんが世界史の勉強する際、イタリアが話題に上がってくるのは主に、古代ローマ帝国とルネサンスです。
これがイタリア(正確にはイタリア半島)のハイライトです。
ただその二つの絶頂期の後イタリアは、ヨーロッパの歴史の中で全面に登場することは減り、主役の座はフランス、イギリス、スペインなどの他の国に移ります。
美術の世界でもバロック以降は、フランスにその座を奪われてしましますし、産業革命もイギリスに遅れること100年後に始まりました。
長い年月を経る中で、イタリアはヨーロッパにおける最先端の国から、いつの間にか「遅れた国」になっていました。
そのため、当時のアルプス以北に住んでいたエリート層にとって、イタリアはローマ帝国とルネサンスという時期を経験し、古代の遺跡や美術作品に溢れる素晴らしい国だが、同時に過去の遺物が溢れた遅れた国・停滞した国という相反するイメージであったようです。
またイタリアがヨーロッパにおける先進国の立場からすでに落ちていた18世紀、ヨーロッパではグランドツアーというものがありました。
これは、貴族の子息が本国で勉強した後、最終的な仕上げのために実地で学ぶ修学旅行のようなものでした。
主な目的地はイタリア半島で、この時期に多くのアルプス以北の人々がやってきました。
その中にはゲーテも含まれており、彼のその時の旅行記はよく知られています。
ゲーテ以外にも、イタリア旅行の感想を記していたものはいましたが、そのうちの多くの人々は「イタリアは素晴らしい、だがそれに反してイタリア人は… 」という感想をもったようです。
つまり、イタリアは古代、ルネサンスの素晴らしい文化にあふれているが、その当時のイタリア人はそれに釣り合うだけの資質も持っておらず、過去の栄光にすがっているだけだであると考えられていました。
すでに近代的な国家を形成していたイギリスやフランスの人々からすると、まだイタリアという国自体も存在しなかったため、自分たちのほうが進歩しているというプライドも垣間見れるように思えます。
イタリアは、過去の国である一方で古代やルネサンスのものにあふれる幻想的な国。
私がイタリアに対して抱いた「田舎っぽさ」は、無理矢理つなげると18世紀の北方のエリート層が抱いていたあるいは形成した「過去の国イタリア」というイメージに近いかもしれません。
ただ自分はその時代のヨーロッパ人でもなく、日本人です。
だから「おお、前世はどこかの貴族だったのだ」という結論では当然終われません。
ただ私が「イタリアは田舎っぽい」という印象をもった要因は、西洋美術史に大学で触れていたからではないかと思います。
18世紀当然ですが、インターネットは存在しませんでした。その代わり情報を得る手段あるいはイメージの着想源となるものは版画、絵画、文学などでした。
私にとっては(おそらく)絵画の影響が大きく、クロード・ロランと二コラ・プッサンというイタリアに住んでいた2人のフランス人画家の影響ではないかと考えています。
彼らは古代ローマ時代の遺跡を含めた風景がを数多く描いていました。それは実際にありそうでない風景ばかりでしたが、どこかノスタルジーを感じさせる幻想的な絵画です。
古代の遺跡が描かれた絵画を見ると、どうしても自分の中でローマの遺跡と結びつきイタリアを連想してしまいます。
事実、18世紀の旅行者にとってイタリアの風景と言えば彼ら2人の名前が必ず思い浮かぶそうです。
このように彼らと似たような印象を持つことができたのも自分にとってのグランドツアーだった留学のおかげかもしれません。
ただ私が彼らと異なるところはイタリアも好きですが、イタリア人も好きだというところです。
田舎っぽいというと言うとネガティブに聞こえますが、それだけ昔の物を大切に残している(あるいは残った?)ということであるし、イタリア人がその価値を理解しこれは残すべきものであると判断がゆえにこうして現在でもイタリア旅行で素晴らしいものを数多く見ることができるわけであります。
感謝しないとですね。
それではみなさんCiao Ciao.
〈参考文献〉
ファビオ・ランベッリ 著『イタリア的考え方―日本人のためのイタリア入門』筑摩書房 1997年
ファビオ・ランベッリ 著 『イタリア的 「南」の魅力』 講談社 2005年
岡田温司 著 『グランドツアー 18世紀イタリアへの旅』 岩波新書 2010年