「Maruyama da Gunma ね。覚えておくよ」
私はこの言葉に救われました。
いきなりですが、GW中に経験した話をします。
GWは私たちにとって繁忙期です。
一年で一番販売しなければいけない時期の一つであります。
今の仕事に就いて、2回目のGWとなりましたが、初日から全くもって売れませんでした。もっと言いますとここのところ数か月ほとんど販売がうまく行ってませんでした。
他の方々はどんどんいいアイテムを販売している中私だけ消沈。
そんなこんなで、GWも終盤に差し掛かり、その日もいいところなく、夜になりました。
「ああ、また売れずに今日も終焉か」と思っていましたが、閉店間際に来る方は購入の確率が高いということを聞いたことがあったので、その日は何とか夜まで集中できていました。
そんな中、ある夫妻が来店しました。
女性は30代後半、男性が40代後半といったところでしょうか。
はじめは、別の同僚の方が接客に入っていました。
あまり話が弾んでいなかったのか、その同僚は別のお客様に話しかけられた時にそちらの接客に入っていってしまいました。
相性が良くなかったのかなと思いつつ、これはもしかするとこの日最後のチャンスかもしれないと思い、その夫妻に私が入りました。
話をすると特に何か探しているアイテムはなく、何かいいバッグがあればということでした。
いろいろ紹介する中で、あるバッグにとても興味をもってくださいました。
色もいくつか種類があり、全色を鏡の前で合わせてもらい、黒とオレンジがよかったと2人で話し始めました。
バッグは基本黒が多いそうでしたが、オレンジも合わせてみるとよかったということで、女性の方がどちらにしようか迷い始めました。
ここで、びしっと「黒のほうがいいです」「オレンジの方がいいです」とはっきりと言えればよいのですが、お客様と一緒に迷い始めるという私のよくないところが出てしまいました。
接客しながら、「まずい。またいつものパターンにはまってしまった」と思いました。
大体そのようなときは、運がよければお客様の方が「じゃあ、こちらにします」とおっしゃってくださいますが、最悪の場合は(このパターンが多いですが)「考えてきます」とおっしゃってそのまま帰ってこないケースがほとんどです。
案の定、2人とも「もう少し考えてから戻ってきます」と。
「またやってしまった…」と心底後悔しました。
戻られることを祈りながら、その接客の反省をしていました。
黒が似合っていたなと振り返りながら思いました。これは特に根拠があるというわけではなく黒がその方にとってしっくりときていると直感的に思ったことでした。
もし戻ってきたら黒で押そうと決めました。ただ、どう押せばいいかがわかりません。
そんなこんなで考えていると、先ほどの2人が戻ってきました。
「どちらの色か結論は出ましたか」と尋ねるとまだ決めかねているとのことでした。
再度、黒とオレンジで合わせてもらいましたが、まだ決めかねていました。
私は黒で合わせてもらった時の方が、やはり最後のピースがはまった感じがありました。
ただその理由付けをどうしようかと考えていた時に、ひらめきました。
「今日の格好は黒やネイビーがですが、ビビッドな色を身に着けることはございますか」
「ないです」
ビビッドな色に挑戦しようと思って勢い込んで買ったが、家に帰るとしっくりこなくてそのまま着なかった経験はありませんですかと続けて聞きました。
それに対して「あります」と。
「では黒ではないでしょうか。おそらく今の気分だとオレンジに行きたい気持ちがすごくあると思いますが、お客様の今までの経験から家に帰られて鏡の前で合わせた時に「あれ少し違うな」となる可能性が高いと思います。金額も金額なので、そうなってほしくはないです。だから黒です」
ここまで、自分の直感を貫き通しかつしっかりとした理由付けができたことは初めてでした。話し終わった瞬間「決まった」と思いました。
2人も「黒にします」とおっしゃってくださいました。
2人の晴れやかな表情を見た時にとてもうれしく思いました。
そして私は今まで感じたことのない鳥肌のたちかたでした。
最後にお店の外まで見送る時に「Maruyama da Gunmaね。覚えておくよ」と一言私に残してくださいました。
その方たちが帰られた後、あまりの興奮で一種の放心状態でした。
その時この瞬間のためにこの仕事をしているのかなと思いました。
全ての接客がそうではないですが、一つのパターンとしてお客様と話し、説得し一緒に結論に到達する。一種の弁論術のように感じました。
弁論術を古代のギリシャ人は芸術の一つと考えていましたが(大学時代に確かそのようなことを聞いた記憶があります)、まさにそう思いました。
自分の質問の選択、そのタイミング、話の構成、感情の込め方などすべてが有機的に、意図をもった状態で組み合わさった時は本当に美しいと感じました。