高校時代の思い出 ~玉入れ~

徒然日記

最近ymoにはまっている Maruyama da Gunma です。

ここのところ過去のことをふりかえる機会が多々あります。

そういう時は決まってあまりいいことは思い出さないものです。

それに、あの時はそれなりに必死に生きていたと思うのですが、びっくりするくらい何を考えて生きていたのか覚えていません。

特に高校時代と言えば「青春」なんて言われて、様々考える時期のようですがほとんど記憶が残っていません。

いい大学に受かるんだという号令の下に、受験に向かって鞭打たれていた結果かもしれません。

弟も同じ学校に通っていたのですが、そういった考えに支配されてしまっているような気がするので、少し心配です。

そんな高校時代の記憶の中で、唯一と言っていいくらいよく覚えていることがあります。

それは玉入れです。

なぜかというと今まで生きていた中で他の人よりもちょっとだけ秀でていると感じた初めてのものだったからです。

通っていた高校には、県内のもう一つの高校と対抗で運動会が毎年ありました。

これは運動会と言ってもそれぞれの高校のプライドをかけた絶対に負けられない「ガチの」運動会でした。

たかが運動会とお思いの方も多いかと思いますが全くそうではありません。

その切実さを知らず、初日の練習に遅れた時3年生の先輩からひどく怒られました。

その時はなぜこれほどまでに怒られないいけないんだと理解できませんでした。

しかし、初めてその運動会に参加してみて身をもってその怒りの意味が分かりました。(やはり人間身を持って体験しないと分からないものですね。)

我々の高校にとって大きな意味をもつこの運動会の中でも最後に行われる競技が他でもない玉入れでした。

その玉入れの選手に自分は3年間選ばれ続けていました。

玉入れと聞いて小学校でやっている悠長なものを思い浮かべてはいけません。

玉入れにも投げ方や戦略があります。

まずは投げ方から。

我々がしていた投げ方の名前は

ワッサム投法

玉を4つ固めてそれを一気に投げる方法です。

これがうまい人だと塊が崩れないまま籠の中に4つとも入れることができます。

続いて戦術。

玉入れに戦術もへったくれもあったもんじゃないと思ってしまいがちですがこれがバカにできません。

まず、シューター(玉を投げる人)とギャザラー(周りに散らばった玉を集める人)に分かれます。

これは球数が100個と決まっているがゆえに全員で投げると効率が悪くなってしまうので、チームの中でもより投げるのが上手い人に多くの回数投げさせるためです。

シューターに対して、ギャザラーが一人つき二人一組になります。

ギャザラーは散らばった玉を集めつつ、シューターのために玉を4つ組んですぐ投げられるよう渡してあげます。

この供給がスムーズに行くことで、シューターは玉を入れることに専念できます。

私はと言いますと、この玉入れの選手に3年連続で選ばれるとともに常にシューターとしても選ばれていました。

確かに実際にやってみても「自分けっこうやるではないか」と思いました。

生まれて初めて才能あるかもと思いました。

それが玉入れとはなんだか複雑な気分でしたが…

1年生の時はあまりにもうまかったため、うまい人が集まるその運動会の実行委員に勧誘されたほどでした。
(入りませんでしたが…)

毎日練習はありましたが、これが不思議とあまり苦ではありませんでした。

玉を投げて籠に入れるという動作をとうして心が整い無の境地に到達していたのかもしれません。

ある意味でこれが私の「青春」だったのかもしれません。

高校卒業以後この能力を活かせた機会は残念ながらまだありません。

人生に無駄になる瞬間はないと聞きますが、いつかこの経験が活きるといいなと思います。

むしろ活かす機会をなんとか見つけたいと思います。

玉入れに興味を持った方は是非YouTubeで動画を検索してみてください。ものすごい玉入れが見れます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

それではみなさんCiao Ciao!